2009年12月アーカイブ

冬至~小寒~大寒と続き陰エネルギーが極限を迎える今の時期、易の原理原則・自然の摂理に沿って私は毎日を過ごしている。ヨーガを通じ、自身の身体を極限まで繊細にして、身体中で季節の移り変わりを感じとって、その感じたことを大切にして行動しているということ。本の通り、マニュアル通りに行動するようではロボットになってしまい原理原則を身体で感じ取ることはできないし、行動する意味も価値もない。

20~30代の頃は原理原則が分からなかったから、数打ちゃ当たる方式で世界中の国を巡りながら、様々な仕事をしながら、やみくもに猪突猛進を繰り返していた。この時期を落ち着いて振り返ると、好調な時は必ず易の原理原則に従って生きていたことに気がつく。不調な時、最悪に落ち込んだ時は徹底して原理原則に反した行動を取ってドツボにハマり、怒り、嘆き、悲しみ、苦しんでいた。今だからその当時の自分を何てバカな奴だと笑えるが、当時は真剣だったし、何よりも分からなかった。

誠で道を切り開く

真実の道に辿り着きたいという場合、「自分の力で道を切り開くぞ」などというような気持ちで事に臨んでいる間は辿り着くことができない。そういう我欲・野心などの一切を捨て去り切って、目の前にある己の務めに身も心もささげて打ち込んでいく。誠の気持ちを持って全身全霊をかけて打ち込んでいく。そうしてこそ初めて真実の道への扉を開いていくことができる。

30代の頃、チッポケな成功を数回ほど手にしただけで調子に乗ってた浅はかな己を今振り返り見るにつれ、よくこんなことを思うようになりました。

耐閑

「耐閑」...人生は暇な時間に耐えなければならない時がたくさんある。世間の冷たさに耐える時、人生どん底に落ちて耐える時、仕事が少なくなって手持ち無沙汰になる時など、数え上げればきりがない。

正道を知る

「正道の手筋を聞かなければ、思いの外のことに遭って不覚をとる。人間の学問でもその通りであります。どれだけ才覚があっても、独学独習でやっておると、得てして自分免許になり勝ちで、思いの外の失敗をしでかすものであります。これは正道を知らぬからで、やはり人間はどうしても本筋の師匠について、本格の修行をしなければならない」

安岡正篤

この安岡先生の言葉は、「何のために自分は生まれてきたんだろう」、「自分は何のために生きてるんだろう」と、己の道を探求する人には最重要の言葉だ。この言葉から外れて、確たる基礎も持ち合わせず、自己流だけで押し通しても、確固たる自分を築き上げていくことはできない。才覚があればあるほど、謙虚にこの言葉に耳を傾けなければいけない。

私はヨーガのアーサナ(技術面)に関しては、日本という狭い枠の中の標準ではなく、世界中で認められた世界標準のヨーガをベースにトレーニングを積んできた。そこで基礎の確立を図れたことは大きかった。この基礎があるからこそ、今現在もアーサナに関しては、我流に陥ることなく自己努力で発展させていくことができるし、人にも正確に伝え、指導に当たることもできる。この点に関しては、正道の手筋を学んできたと断言できる。

そうして正道の手筋からアーサナを学び、技術面におけるその基礎を確立してきた私にとっての次なる難関は、アーサナの先にあるもの(真理・精神性を極限まで高める術)をいかにして修得するかだった。

困難な時代を、楽しく生きていくために

私は7年前に健康診断で高脂血症と判断されたことがある。当時体脂肪率約28%、体重68㎏を少し切るくらい、完全な肥満状態だった。自身の思いと合致しない仕事をすることから受けるストレスにより、毎日イライラして何でもかんでも食べまくり、軽いウツ状態になり、腰痛が悪化して歩行困難になるほどの激痛に襲われ、心は暗闇で覆われ、あらゆることが憂鬱で仕方なかった。職場ではイイ顔しながらも、帰宅すれば家族に八つ当たりして迷惑をかけまくる、内弁慶で最低最悪の惨めな自分だった。

その後ヨーガに出会い7年目を迎え、現在体脂肪率平均6~7%、体重約57kg。力は20~30代の頃より遥かに強い。44歳を迎えた今、どうしてこんなに瞬間に最高の力を出せるのかと驚くときがしばしばある。具体的に言えば、私のアーサナを細かく見ている人はお気づきかもしれないが、私は手のひらを床につけるのではなく、指立て伏せ状態で太陽礼拝から続く一連の流れを行ない、自己トレーニングをしていることが多い。二本指(人差し指と親指)の指立て伏せで50回以上は楽々とこなせる。

昔トライアスロンに燃えてた頃、減量をしてはリバウンドしてということを繰り返していたが、今はそんな無理は一切ない。ビタミンも高純度のプロティンも必要ない。体脂肪率は限界近くまで来ているが、無理して維持はしてないし、自分自身が驚くほど気力・体力は充実しており、病気とも無縁。三食とも自分の体が欲するがままに普通に食べている。以前の食生活と変わった点は一つだけ。

歳を重ねるのも悪くないね...一灯照隅、萬灯照隅

人の月を看るは、皆徒に看るなり。須べからく此に於て宇宙窮り無きの概を想うべし。

この言葉は30代の頃には理解する余裕がなかった。頭だけで理解しようとしていたから尚更だ。けれど今は身体で分かる。ハッキリと身に染み入ってくる。佳書を読んでいると、素晴らしい言葉を目にした数秒後に涙することなんてしょっちゅうだ。

この言葉は、一斎先生が四十四歳の中秋の名月の日に記したもの。私も今同じ歳を迎えて、ようやく先生の言葉を真に理解できた...本当に不思議だ...時空を飛び超えて先生の心の中と繋がっている...何故かそう感じる...神秘の因縁...。